平家の里を訪ねて 戻る

平家の里ふれあい事業推進実行委員会主催の“ふるさとウォーク「秋の鷲嶺を歩く」”に参加。


玉城インターを降りてサニーロードを旧南勢町方面へ。
目印の横輪口信号を左折し約2.5キロ。ここが平家の里、矢持町です。
ここへたどり着くまでにサニーロードを走っていて不安がいっぱいでした。何しろこの道路に信号なんか付いているのかしら?という感じでしたから(失礼)。
やっとめぐり合った信号を左折してからも、一本道とはいうものの道を確認しようにも通行人は一人も見当たらず・・・。でも、どうぞ前から車が来ませんように!と念じつつ(私の運転技術ではゼッタイ対向不可と判断しました)。

知らない道を走るのはかなり時間を要した思いでしたが、どうにか目的地の農林漁業体験館で受付をして出発を待ちました。
体験館の前には矢持町の案内図があり平智盛終焉の地とあります。にわかに歴史を感じます。


目の前に赤とんぼがそっと飛んできて羽を休めます。

何度もシャッターを押しますが一向に逃げる気配はありません。

水車がコトコト緩やかな音を立てて回っています。


前日の雨で足元が心配でしたが空は晴れ渡っています。山の綺麗な空気を胸いっぱいに吸い込んできましょう、とルンルン気分でした。

出発に際して主催者の説明がありました。

鷲嶺は海抜548メートルの山で、昔 世義寺の僧が鷲嶺山水穴、ゴマクラの窟で修行された所とのことです。
修行?修行ですって?
ふるさとウォークじゃないんですか?


横輪川にそって歩いていくと
伊勢市の天然記念物に指定されている“おがたまの木”がありました。

昔々鈴がない頃、舞姫さんがこの“おがたまの木”を持って神様の前で舞ったとされています。


「目指すはあの山です」と立ち止まって紹介された鷲嶺は、
さほど険しくはなさそうに見えましたが、
登山道入り口は落ち葉がびっしりでジクジク、
たたずんでいると足元に水溜りができます。

色鮮やかな沢蟹がツツツと歩いてきます。
目ざとく見つけた小学生にひとたまりもなくキャッチされて
哀れビニール袋の中へ。。

小さな滝をいくつも横目に見ながら
川沿いの細い山道を登ります。
道を横切る小さな谷川はエイッと飛び越していきます。・・・と、自分では飛んだつもりが、足が上がっていなかったようで見事に水面を蹴ってしまい、ジーンズは両足ともひざ上までビッタンコ。本当に冷たい!!
ヤッパ、年かな〜。運動能力の低下をまざまざと感じ入ったしだいです。


急勾配の道沿いに炭焼き釜の後が残っていました。
こんなに険しい山道では出来上がった炭を
山のふもとまで運ぶのも大変だったでしょうに。
昔の人のご苦労が偲ばれます。
すべり岩渡り→飛び石渡り→おべおべの滝→井戸掘りの滝→崩れ谷→山椒魚谷と、
マア各所に色々な名前が付いているものですね・・・
なんて感心は後からしました。
その時は四つんばいになって必死に地面にしっかりしがみ付きながらよじ登っていました。
トレッキング用の杖ももって行きましたが役に立ちません。
両手でしっかり木の根っことか大きめのしっかりした岩にしがみつかなければズルズルと滑っていってしまいます。
「石が落ちるぞ〜!」
と時々上のほうから怒鳴り声がします。
先に登っていった方が小石に触ってしまったんでしょう。
ものすごいスピードでソフトボールより少し大きいくらいの石が落ちてきます
「よし、止めてやる」
と腕に覚えのある方でしょうが、数十秒後には「やられた」。
お気の毒に怪我をされました。


小さくても加速力がついていて、まさに凶器となっていました。

「石が落ちてきたら、止めないで逃げてください!」と案内の方。
本当に怖いです、自分も石を蹴飛ばさないよう注意しながら地面に這いつくばって・・・
“ヤッパリこれってハイキングじゃないな〜”と考えるだけ少しは余裕があったのかな?
時々なだらかな場所で休憩。救われます。

頂上近くには鷲嶺観音が祀ってありました。


平友盛が平家一族の冥福を祈って壇ノ浦の方角に向けて建てたと伝えられています。

少し歩くと山の頂に小石が積み上げられた三角点があります。
神宮領、紀州領、天領の分岐点です。
雑木に囲まれた薄暗い林の中にあり冷たい風が吹き抜けていました。

雑木林を抜け、見晴らしの良い広場には白竜神社がおまつりしてありました。この近くでお弁当を食べました。
距離が短い割りにはたっぷりの疲労感を覚え、ほおばるおにぎりの美味しいこと。先ほどまでの悪戦苦闘が夢のようです。

展望台からは美しい志摩方面、リアス式の海岸を楽しみました。
帰り道は舗装された別の道を帰りました。一帯は別荘地として開発されています。ゆっくり歩くって良いことですね。ここでは可愛い紅葉に見とれたり、アケビ(すでに爆ぜていましたが)を見つけて大喜び。

農業体験館に帰ると地元の方々の暖かいおもてなしを受けました。
熱々の珍しい猪汁と、地元で取れたお米で作っていただいたおにぎりです。まさに地産地消です。
ご馳走様でした。美味しかったのでお弁当の後でもパクパク入っていきました。

この後、久昌寺へ行く方もありました。
久昌寺は1190年に壇ノ浦の戦いに敗れた平友盛が平家一族の弔いのため創建したと伝えられる曹洞宗のお寺です。

残念ながら、私はここでダウン。帰路車を運転していく気力、体力を残しておかねば・・・
矢持町の方々、本当にお世話になりました。帰り道の夕日に照らされた紅葉は格別綺麗でした。

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