ちょっと福島戻る
所用で急に福島へ出かけることになりました。
とんぼ返りでは味気ないと思って、近くの温泉に2泊でもして来ようかとほくそえんだまでは良かったのですが、
なかなか事はうまく運んではくれませんでした。
旅行雑誌を広げて、風情のある旅館を片っ端から電話をすれども、
女性の一人旅と判明した途端に「生憎と満室です」と丁重なるお断り。
単に温泉を楽しみたいだけなんですが、・・・・・。受けてくださる側にも色々事情はあるでしょうが、
だんだん腹立たしさだけが募ってきて“もういいや!”
時間があれば一人でも受け入れてくれる温泉をじっくりと探せたんですが、
何しろ急なこと、結局はビジネスホテル泊まりとなりました。
土曜日の所為でもあろうか、のぞみ22号指定席は満席です。 綺麗に丸く刈り取られて整然としています。 山の勾配がきついところへ、お茶の木がなまめかしい曲線を描いて列車のように繋がっています。 茶摘のときは、さぞや足元が大変だろうなと思ってしまいました。 |
プンプン!!!隣の通路側の席に座った40歳代の男性は、スーツケースを大きく広げた両足で挟んで眠っています。
こうなるとすこぶる行動に不自由さが生じます。
トイレに席を立つことも出来ないし、おなか空いたな〜何か買おうと思っても起こしてしまいそうで、
売り子さんに声をかけることも出来ません。
窓側の景色を楽しむのと引き換えに、これはいかんともしがたい事態です。
相変わらずデッキでは子供が泣き叫んでいます。
すごいパワーだと感心しながらも、どこか具合が悪いのかなと気がかりです。
名古屋から富士市までがんばった子供が席に戻ってきました。
特に病気の様相はなさそうですが、どうしたんだろう・・・。
オー富士山だ!頂上と裾野は雲にすっぽり覆われています。でも富士山は分かります。
なにかしら富士山には憧れがあります、日本人ですね〜。
品川近くでは、のっぽクレーンが 名古屋から1時間45分くらいで東京駅に着きました。
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東京を離れるとのどかな田園風景が続きます。やっぱり緑を見ていると落ち着きますね。
1時間40分くらいで福島に着きました。
たいそう立派な駅です。西口はパワーシティピボット、コラッセ福島(県観光物産館)、
東口はエスパル福島につながっています。
帰りのお土産は、もし買い忘れてもここで調達できると確信。
ビジネスホテルに荷物を置いて街の地図をゲット。
駅前周辺を探索することにしました。
福島駅東口
町並みが碁盤の目のように整備されています。
夕方で遅いから見たい所を竹屋旅館、稲荷神社、聖ステパノ教会に絞って歩き始めました。
第1のストリートがパセオ470
夕方の所為だけじゃないと思いますが、 |
暮れ行く街並みを眺めながら教会に到着。 福島聖ステパノ教会の立て札がなければ見逃してしまいそうなほど、こじんまりとした建物です。 建設から100年経っているという、木造ですが随所にヨーロッパの建築様式を取り入れられた、英国の国教会の流れをくむ日本聖公会の教会です。 外観だけ見せていただいて、1千年の歴史がある福島の鎮守さま、稲荷神社へと急ぎました。 |
何かお祭りがあったらしくテントをたたんでいる露天商の方が2〜3人。 ここ稲荷神社には石をさすると足の痛みが取れるアリガタイ石がお祀りしてあると・・・どこじゃ、どこじゃ。 通りかかった神職の方にお尋ねしたら、親切にもお祀りされている場所まで案内してくださいました。 どうぞご利益がありますように! |
昔、福島城大手門から稲荷神社に続いた県庁通りを通り抜け、 |
ホテルへの帰り道、日銀福島支店を発見。
明治32年東北地方で最初に出張所ができた歴史ある銀行です。
あちこち歩き回っている間に随分と雨が降ってきました、私って雨女?
こんな時こそ温泉に入ってゆっくりと寛ぎたいのに、つまらないユニットバス。
明日は鍾乳洞を見に行こう、どうぞ雨は止んでください!
鍾乳洞探検とは言ったものの、福島からはこれが遠いんです。
郡山までは新幹線で一駅15分くらいですが、
郡山から本数が少ないため1時間近く列車が来るのを待って
磐越東線(ばんえつとおせん)で神俣(かんまた)まで45分。
じっくり田園風景を見せていただきました。(ここでは時間はゆっくりと流れていきます)
待ち時間を含めて2時間、やっと辿り着いた神俣の駅。
阿武隈洞まで車で10分とありますが、バス停が無し。
どうすればいいだろうとキョロキョロしていたらタクシーの運転手さんが声をかけてくれました。
足はタクシーしかないそうです。「行きはヨイヨイ、かえりはどうするの?」
「携帯電話で呼んでください、迎えにいきますから」と名刺をいただきました。フ〜〜〜。
全体に雪が積もったような、大きな山が見えてきました。 阿武隈山です。 ちょうどラベンダー祭りが開催されていました。 舞台のほうからは♪ペッパー警部!!♪と懐かしい歌が聞こえてきます、まさか本物が?一瞬ラッキーと思ったのですが・・・そっくりさんが歌っているところでした。ちょっと残念。 |
ラベンダーは紙コップ一杯摘み取れるとの事でしたが、
帰り道が思いやられると、風雅な遊びは諦め、入洞券を買いにいきました。
阿武隈洞は昭和44年に石灰石の採石中に発見されました。
公開されたルートの奥には、まだ2500m以上も続く未公開部分があります。
幾千万年というはるかな時間をかけて創られた鍾乳洞、さあ、探検の始まりです。
入り口には鍾乳洞について案内板がいくつか立てられています。内容を2〜3ご紹介します。
@ | 鍾乳洞が出来るには 雨水が大気中の二酸化炭素を吸収、さらに地中に染み込むとき、腐食した生物が発生する二酸化炭素も吸収し酸性になります。 一方、石灰岩は炭酸カルシュームが主成分のため酸性の水に溶ける性質があります。 酸性の雨水が地下にしみこみ、長い年月をかけて石灰岩を溶かしてほらあなを広げながら、水は溶け込んだ炭酸カルシュームによって中性に近い水になります。出来たほらあなが鍾乳洞です。 |
A | 鍾乳石が出来るには 中性に近くなった水に溶け込んでいた炭酸カルシュームが、洞穴の天井や、壁面などを流れるときに再び固まったものが鍾乳石です。 |
B | 鍾乳石の種類 鍾乳石は1cm成長するのに70年〜100年掛かると言われています。 鍾乳石はその形によって様々な種類に分けられます。 つらら石、鍾乳管・・・天井から水が落ちるときに石灰分が天井に残ってできる。 石筍・・・・・・・・・・・・・床に落ちた水の石灰分がたけのこのように堆積してできる。 石柱・・・・・・・・・・・・・つらら石と石筍が伸びて柱状につながってできる。 |
急なくだり坂が続いていかにも地底に下りていく感じがします。
外の蒸し暑さがうそのようにひんやりしてきました。
洞穴内の温度は一年中15℃前後です。湿度は90%を越えているそうです。
点在する照明を頼りに上を見たり横を見たりと、鍾乳石の不思議な形に気をとられながらも、
ぶつからない様にソロリソロリ細い通路を通り抜けます。
わずか1cm出来るのに70年〜100年掛かるというに、まあ、なんと巨大な芸術作品の群れ。
そっと横壁に手を触れるとまだまだ鍾乳石の製作中なんでしょうね、冷たい水が静に流れています。
もちろん岩はつるつるで気持ちいいです。
(折れそうなところには、手を触れないようにしっかりガードされています。
長い年月をかけて形成された代物ですから当然ですが・・・。)
落っこちなければ、水にぬれることはないとの説明に、折角ここまで来たんだからと思い切って探検コースにチャレンジしました。 |
このチャレンジ精神がそもそもの間違いの始まりでありまして、
探検コースに入ってから幾度ひき帰そうか・・・とか、
入らなければ良かった・・・と後悔したことか・・・でも
最終的には綺麗な鍾乳石をたくさん見ることが出来てよかったと思いました。
細い通路もウエストポーチを背中側に回して何とか通過することが出来ました。
探検コース入り口には横幅制限が記入されていませんでしたが、
もし私があと10cm太かったら多分通れなかっただろうと推測します。
モットモット写真どころではないところもありました。
カメラはポケットにしまいこんで、必死につかまって梯子を登ったこともありました。
こうなると鍾乳洞を見るどころか通るのに必死です。
あとで笑いがこみ上げてきましたが・・・・・。
あまり変な写真ばかりでは申し訳ないので、今から芸術的な結晶をご覧下さい。
道順にそって手すりが付いていますが、随分高いところを通ります。
暗いのであまり高さを感じなくて、恐怖感は半減で助かりました。
ようやく出口にたどり着きました。
あまりにも長いので、このまま地底人になってしまうのかと・・・ホラー小説のよみすぎかな?
ほっとしたのもつかの間、前が見えなくなってしまいました。
???
温度差があってメガネが曇ってしまったのであります。
タクシーに迎えに来て頂くまでの間に、直ぐ近くの阿武隈神社に参詣し可愛いお花をパチリ。 |
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帰りの福島駅では、仙台から来た新幹線と山形から来た新幹線の連結作業を見ることが出来ました。